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■ ■ ■ 芸術への思い
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私は小さい頃から絵を描くことが好きでした。そして小学校の美術の先生が大好きでした。当時、もしその先生に出会っていなければ、また、他人の様々な批評を耳にしていたなら、たぶん、今の私は存在しなかっただろうと思います。
私は今、「子どもアート教室」で、子どもたちにアートを伝えています。その中で、子どもたちの御両親に一つだけお願いをしていることは、「こうした方がいいじゃない。」や「空は青色でしょう?」「月は黄色でしょう?」といったコメントをしないようにと伝えています。
子どもたちは一人ひとり純粋で、すばらしい感性を持っています。しかしそれに気付かない多くの大人たちは、自分の知っている枠の中に収めようとしたり、世間の常識の中で判断したりします。しかしそれは、子どもたちが自由に表現しようとする感性の成長を止めることになると思います。子どもたちが楽しそうに、また一生懸命に表現したものに対して、たくさん良いところを見つけることが出来ます。そして、私自身もその表現力のすごさに感動し、刺激を受けています。
私が子どもたちに伝えることが出来るのは、一緒にモノをつくり、子どもたちの知らない技術や表現方法を見せることだと思います。ただ見せるだけで子どもたちは十分に吸収し、新たな発想や感覚を身に付けていきます。そして、新しい表現を繰り返しながら、その中で、自分の表現方法を見つけていくのだと思います。
私は、「心あるもの」は全て芸術だと思います。それが形であったり、技術であったり、活動であったり、音楽や文章、言葉など、いろんな表現方法があります。たまに壊れる様や、妬みなどを表現して「これは芸術だ!」という方もいらっしゃいますが、それは私の中で「芸術」とはいいません。なぜなら人を破壊するもの、不愉快にするものは芸術とは思われないからです。
ずっと以前の話になりますが、バルセロナオリンピックのあった年、TVに映る「カサ・ミラ・サグラダファミリア教会」に魅了され、スペインへ行きました。そして数々のガウディ建築と出会い、その偉大さに感動したことを覚えています。中でもグエル公園の美しいタイルへ腰をおろしたとき、実世界に存在する欲望などといったものから開放され、時という存在すら無い「無の世界」のような不思議な感覚に引き込まれました。そこから見上げた空や、鳥の唄声、老夫婦がたたずむ姿など、全てが調和している中で、芸術とは人の心を楽にしてくれるものなのだな、と、思いました。そしてこの世界には、美しいものがたくさんあるのだということに気が付きました。
日本に戻ってしばらくは、「ガウディのような完璧なものなどつくれない。」と思っていましたが、再びそれを思い出すことで、それが完璧でなくても、今できる私の100パーセントを表現すればいいのだということに気が付き、こんな私でも何かを生み出すことが出来るかも知れないと勇気をもらったのです。
芸術は人の心を癒す力、そして感動を与えてくれるものだと思います。 「心あるものを形にすること」それが私の仕事だと思います。 |
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